日本人と日本の街並み

Written by rokushou

こんにちは、下岡広志郎です。かつて夫婦で世界一周の旅をし、帰国後、京都は大徳寺の門前町で町家を使った小さな宿屋をやっています。

 私たちは、1年5か月かけて40を超える国を巡りました。というお話をすると、多くの方から「どこの国が1番良かった?」というご質問をいただきます。

 その質問は、実に素朴で純粋な心から発されているものですが、世界各地の多種多様な文化、自然環境、宗教、歴史を押しなべて「1番」を決めるというのは不可能です。なのでちょっと自分の中で言葉を変換し、「私(質問者)に対して1番オススメなのはどこの国?」という質問をされているのだと捉えて、答えをお返ししています。

 ただ、たくさんの人にそれぞれオススメの国をお答えしてきて、傾向として、オススメする頻度が多い国、少ない国というのはあります。特にオススメする機会が多いのはギリシャで、エーゲ海に浮かぶ島々は誰にでもオススメしやすい場所です。

私たち夫婦は、ロドス島、サントリーニ島、クレタ島を巡りました。エーゲ海の透き通ったコバルトブルーとヌーディストビーチ、新鮮な魚介類と野菜とハーブとオリーブオイルで作った美味しい料理、松脂の香りを漂わせた古式なワイン。全てが極上の思い出です。

 しかし海や食事を楽しむだけならば、3つもの島を巡る必要はありません。一番面白いポイントは、3つの島がそれぞれに独特の街並みをしていることです。

 ロドス島は、異教徒の敵国であったトルコの目と鼻の先ですので、城塞、砦といった雰囲気で、華やかさよりも厳格さや威圧感を感じさせる街並みでした。サントリーニ島は、近年テレビコマーシャルのロケ地に使われ有名ですが、真っ白な壁に丸みを帯びた紺碧の屋根が独特です。クレタ島は、おそらく古代からエーゲ海の交易拠点だったんでしょう、ヨーロッパらしい石造りの建物が所狭しと立ち並び複雑な街路を造りながらも、不思議な解放感と明るさで、ああ、こんなところに住みたいな、と思わされました。

ロドス。前線基地といった雰囲気です。
サントリーニ。白い壁と青い屋根が、抜群に映えます。
クレタ。商売に適した解放感と防衛に適した閉塞感が絶妙のバランスです。

 古代ギリシャの都市国家的な性格が、今なお受け継がれているのでしょうか?共通点と相違点を併せ持つ、3つの島の個性的な街並みを見比べるのは、とても楽しい経験となりました。

 古い街並みを歩く楽しみは、日本でも同じです。私たちが帰国後に訪れた街で好きなのは、岡山県の倉敷と吹屋です。倉敷は、街の中心に運河を据えて、その周囲に漆喰の日本建築が建ち並ぶ、とても豪華な街並みが魅力でした。吹屋は、倉敷と日本海側の出雲を結ぶ山道にある小さな村ですが、赤い天然顔料のベンガラの産地だったため、村中の家の壁、屋根がベンガラを混ぜ込んだピンク色で、他にはない個性的な景色をしていました。

倉敷。運河沿いに立派な御屋敷が建ち並びます。
吹屋。ベンガラを使ったピンク色の街並みが可愛い。

 伝統的な街並みは、様々なことを教えてくれます。地球上に、自分とは全く違った歴史や価値観を持つ人が存在する事実を、端的に表現してくれます。また、そんな「自分とは違った価値観の合理性や美しさを、受け入れ愛でる」という行為を、ごくごく自然に促してくれます。旅とは本当に素晴らしい平和促進装置だと思います。

一方で、街並みを守るということは、本当に大変なことだと思います。例えば東京や大阪といった大都市では、歴史的景観を守ることよりも、商工業の効率性が優先され、巨大なビルばかりになってしまいます。逆に、名前も知らない山間部の農村であれば、伝統建築の存在が近代建築の圧力に脅かされることはないでしょうが、そもそも住み継ぐ人がおらずに朽ちていってしまいます。

 2018年の暮れ、室町時代から続くという一軒の町家が解体されたというニュースが、京都で話題になりました。

 これは本当に由々しき事態と思います。もし仮にベネツィアやミラノやフィレンツェで、ルネサンス期から続く建築が解体されるなんて話になると、世界中から非難の声が挙がるでしょう。日本国内でも反対署名運動なんてことが起こるかもしれません。しかし日本では、いとも容易く室町時代の町家が消滅してしまいました。もちろん当事者の方々は様々な苦労と苦悩をされたのでしょうが、一般的には「知らぬ間に消えていた」という感じだと思います。

悲しい事であると同時に、自らの不甲斐なさもこみ上げてきます。日本の伝統的な街並みを守りたい、というのが、私たちが町家の宿にこだわる理由ですから、自分の無力を突き付けられたような、情けない気持ちになります。

しかし事件の不幸は単純で、町家にとっての救世主が現れなかった、という一言に尽きると思います。「家」は個人の財産ですが、「街並み」は日本人のみならず全人類の財産です。私が海外で伝統的な街並みを素晴らしいと感じるように、世界中の人々が日本の伝統的な街並みを高く評価されます。もっと多くの人が主体的に当事者意識をもって、もっと議論の輪を大きくして、京都のみならず、日本中、世界中に訴えかけていれば、誰か救える人が見つかったかも知れません。

1人の努力で救える町家には限界があります。街並みを守るとなれば、なおさらです。しかし、より多くの人が問題意識を共有すれば、町家を守れる人を見つけ出して受け継ぎ、街並みを守れるのではないでしょうか?

こちらの記事は、japanlivingarts.comに寄稿されたものを、加筆訂正し再編集したものです。


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